Relevo de la manana(レレボ デ ラ マニャナ:朝のリレー)
カムチャツカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ
谷川俊太郎
はじめてであったのは、中学校の教科書だったと思う。
ただただ当り前の事実を前に不思議さを感じたのを覚えている。
なぜか私の中で、カムチャツカの若者は朝方新聞配達をしていることになっていた。朝で連想したらしい。単純な解釈しかできない私だ。
改めて読み返したのは働き始めてから。ひとつの地球に生きる大きな家族のひとりの私に出会った。
そして、いま。
青色の世界が一瞬一瞬色をかえて白々してくる朝方、
いく種類もの鳥たちの鳴き声だけに耳を澄ますことができる朝。
眠る前のひととき、灼熱の太陽のもと日に日に褐色する皮膚に
ひんやりとした風がそよぐ。
この詩をベッドの中で味わうことができる大事な静かな時間だ。
そこには強い香水の香りもない、大音量のラテンの曲もない。
コスタリカと日本の時差は15時間。
日本にいるみなさんは、私の未来を生きているのでしょうか。
2009年2月16日月曜日
2009年1月8日木曜日
¡Feliz año nuevo!
¡Feliz año nuevo!(フェリスアニョヌエボ:あけましておめでとう)
大変遅い正月のあいさつになります。年末年始家でゆっくり過ごしました。
1月1日0時には、家の周りのあちらこちらで、花火がばんばんあがりました。コスタリカ流の祝い方、その後1時間続きました。また、こちらは年末年始プラジャ(海岸)で過ごすのがちょっとしたステイタスのよう。町の教会前には、砂が運び込まれ、カウントダウンは町中だけどもプラジャ気分での演出もされてました。
産まれてまもないべこちゃん。137(勇むな)焦らずあゆめといってます。
年明け、先輩隊員の活動先シレンシオ村へ。先輩は観光業という職種。先週2年間の任期を終え、帰国されました。コスタリカは、自然を守りながら、自然を観光資源として活用しようするというエコツーリズムを行っていて、アメリカからの観光客が目立ちます。国土は九州と四国をあわせたくらいの広さですが、その4分の1以上を国立公園や自然保護区に指定している国。隊員の中にも国立公園などで活動している人が数人います。
シレンシオ村は、2005年にTV番組のうるるんで放映された村。400人ほどの小さな村は、エコツーリズムを行っています。村人の8割ほどは、ココヤシの産業に従事しているということで、村の入口にはココヤシの畑が果てしなく広がっていました。この村には、野生動物の保護センターがありました。野生動物の子供は密猟者によって狙われます。密猟者は捕まえるために、親を殺します。親を失った子供は、生きるすべを知りません。ここで保護されている動物は、人間の手によって生き方を学べなくなったので、人間の手によって育てられていました。

全身がまっかの鳥。はずかしがりやかな。
野生動物保護の仕事をしているフアンカルロスさん(左)
沖縄に研修にいったことがあるそうで、たまに日本語がでてきます。
この日村にはカナダからの旅行者と私たち。夜のロッジではカルロスさんが邦楽と洋楽を交互にギターで弾き語り楽しませてくれました。
うるるんでは、安居さんという男性俳優さんがこのお家にとまり1週間ほど働きました。彼は今どうしているのかな。
帰る日の朝 (下條アトム風に)
つがいのトゥカンが顔をみせてくれました。
りっぱな黄色いくちばし。飛ぶとき、くちばし重そうに飛んでました。
3期にわたり隊員が入り支援活動があったこの村。
先輩を最後に、隊員がいなくなります。
シレンシオ村のよさを十分味わった私たち。また、鳥の目覚ましをききに、おいしいごはんとあったかい村人のもてなしを楽しみに足を運ぶことで村とつながっていきたいと思います。
2009年コスタリカに遊びにきませんか。
大変遅い正月のあいさつになります。年末年始家でゆっくり過ごしました。
1月1日0時には、家の周りのあちらこちらで、花火がばんばんあがりました。コスタリカ流の祝い方、その後1時間続きました。また、こちらは年末年始プラジャ(海岸)で過ごすのがちょっとしたステイタスのよう。町の教会前には、砂が運び込まれ、カウントダウンは町中だけどもプラジャ気分での演出もされてました。
産まれてまもないべこちゃん。137(勇むな)焦らずあゆめといってます。
年明け、先輩隊員の活動先シレンシオ村へ。先輩は観光業という職種。先週2年間の任期を終え、帰国されました。コスタリカは、自然を守りながら、自然を観光資源として活用しようするというエコツーリズムを行っていて、アメリカからの観光客が目立ちます。国土は九州と四国をあわせたくらいの広さですが、その4分の1以上を国立公園や自然保護区に指定している国。隊員の中にも国立公園などで活動している人が数人います。
シレンシオ村は、2005年にTV番組のうるるんで放映された村。400人ほどの小さな村は、エコツーリズムを行っています。村人の8割ほどは、ココヤシの産業に従事しているということで、村の入口にはココヤシの畑が果てしなく広がっていました。この村には、野生動物の保護センターがありました。野生動物の子供は密猟者によって狙われます。密猟者は捕まえるために、親を殺します。親を失った子供は、生きるすべを知りません。ここで保護されている動物は、人間の手によって生き方を学べなくなったので、人間の手によって育てられていました。
全身がまっかの鳥。はずかしがりやかな。
沖縄に研修にいったことがあるそうで、たまに日本語がでてきます。
この日村にはカナダからの旅行者と私たち。夜のロッジではカルロスさんが邦楽と洋楽を交互にギターで弾き語り楽しませてくれました。
うるるんでは、安居さんという男性俳優さんがこのお家にとまり1週間ほど働きました。彼は今どうしているのかな。
つがいのトゥカンが顔をみせてくれました。
りっぱな黄色いくちばし。飛ぶとき、くちばし重そうに飛んでました。
3期にわたり隊員が入り支援活動があったこの村。
先輩を最後に、隊員がいなくなります。
シレンシオ村のよさを十分味わった私たち。また、鳥の目覚ましをききに、おいしいごはんとあったかい村人のもてなしを楽しみに足を運ぶことで村とつながっていきたいと思います。
2009年コスタリカに遊びにきませんか。
2008年12月30日火曜日
Torta de arroz
コスタリカにきて、もちつき!
青年海外協力隊、コスタリカ初代隊員(昭和43年、だったかな)のお宅にて。
日本人会の方も来られていました。若いころから日本企業の海外支社で働かれ、いまコスタリカで現役の方々。
作業療法士のようこちゃんとままごとのような餅つきをしました。
こちら家主の岩澤さん。
協力隊後、30年以上コスタリカで生活されています。お子さんたちは、コスタリカで生まれ育ち。娘さんの一人はコスタリカにきた協力隊と結婚され、今は北海道で暮らされているそう。
こちらお孫さん。おじいちゃんにならって、うさぎのもちつき。
手前は、日本人学校の先生。種子島出身!
幸せをさけんでしまった、この見事なバリエーション。
あんこ、きなこ、ずんだ、大根おろしに納豆!!!
大好きな納豆と焼酎は日本に帰るまで辛抱だと思っていたのに。この器からあふれんばかりの納豆。なんと、自家製。お味噌もでした。
幸せをかみしめたのでした。
こちら奥さんの作品。値段などつけることができないような、見事な刺繍です。サンホセに来た時は、気軽に寄って下さい。納豆を食べさせてあげますよ。ですって。1月は日本人学校の運動会。現在生徒は19人だそう。また来月おじゃまします。
2008年12月28日日曜日
Portal
みなさん、クリスマスはいかが過ごされましたか。クリスマスからお正月モードへと切り替わっていることでしょうか。スーパーに勤めていた知人が、クリスマスを終えた晩から、正月商戦用へと陳列を変えるために徹夜勤務していたことを思い出します。
コスタリカのクリスマスに欠かせないのが、Portal(ポルタル)です。ホームステイ先は築20年以上たっていますが、この通りクリスマスモード、お母さんと親戚のおばさん、お手伝いさんで飾り付けられました。
ポルタルは、イエスキリストが降誕する際の様子をあらわしたものです。
クリスマスは、イエスキリストが生まれた日。日本にいて、クリスマスにその事実を考え祝ったことがあったでしょうか。
ここにきて、その意味を知ることができました。
国教がカトリックのコスタリカは、たいていどの家にもポルタル
。キリストが生まれた馬小屋には、マリアとホセが。後ろには天使がいます。そして、3人の博士。正式には、25日の零時にキリストを飾るそうです。
これは、お母さんの姉妹の家のポルタル。
24日に行ったので、まだ赤ちゃんのキリストはいません。
なんだか、小さい頃よく読んだ「おやすみなさい」の絵本を思い出すようなポルタル。
また別の姉妹の家。
とっても手作り感があるでしょう。ポルタルの周りには、電飾を飾ったり、ちょっと関係ない好きなキャラクターやサンタを置いたりと、子供と一緒に独自のポルタルをつくるようです。
じゃあ、いつまでこれを飾るんだろう??
日本はおそらく、クリスマスの名残はないですよね。
コスタリカは、まだ飾ってあります。時間にのんびりだから、片づけるのも遅くって。
いえ、そうではないのです。
1月6日 3人の博士が馬小屋にたどりつくまで飾っておくのだそうです。
これは教会のポルタル。右側にいる3人の博士たちはまだ、中央上部に見えるキリストの元にはたどりついてません。1月6日にむけて、少しずつ場所を移動させていきます。
ポルタルミニ講座でした。
さて、24日どう過ごしたかって。
まったくいつもと変わりない1日でした。お母さんの姉妹の家で集まってお祈りをしました。帰りついて、7時。停電してました。たまにあります。
部屋部屋にろうそくをともし、とっても静かな夜でした。特にプレゼントも特別な食事もなし。なにも変わらない一日。それが、かえって私にはとても新鮮でした。熱心なカトリック信者であるお母さん。生誕を祝う気持ちは心の中にある。飾りたてたり、派手に祝う必要はないわ。とても素敵です。
クリスチャンでもないのに、クリスマス=ケーキで生きてきた今まで。その習慣からか、ちょっと口寂しい夜。ママに「今日妹が作ったケーキは明日食べるの?」ってきいちゃった。「あら、食べたい?実は私も食べたかったのよ」って。友達と出かけた妹の作ったケーキをママと長女と食べました。
25日のお昼に家族でクリスマス仕立ての食事をゆっくり食べました。
コスタリカのクリスマスに欠かせないのが、Portal(ポルタル)です。ホームステイ先は築20年以上たっていますが、この通りクリスマスモード、お母さんと親戚のおばさん、お手伝いさんで飾り付けられました。
クリスマスは、イエスキリストが生まれた日。日本にいて、クリスマスにその事実を考え祝ったことがあったでしょうか。
ここにきて、その意味を知ることができました。
国教がカトリックのコスタリカは、たいていどの家にもポルタル
これは、お母さんの姉妹の家のポルタル。
24日に行ったので、まだ赤ちゃんのキリストはいません。
なんだか、小さい頃よく読んだ「おやすみなさい」の絵本を思い出すようなポルタル。
とっても手作り感があるでしょう。ポルタルの周りには、電飾を飾ったり、ちょっと関係ない好きなキャラクターやサンタを置いたりと、子供と一緒に独自のポルタルをつくるようです。
じゃあ、いつまでこれを飾るんだろう??
日本はおそらく、クリスマスの名残はないですよね。
コスタリカは、まだ飾ってあります。時間にのんびりだから、片づけるのも遅くって。
いえ、そうではないのです。
1月6日 3人の博士が馬小屋にたどりつくまで飾っておくのだそうです。
これは教会のポルタル。右側にいる3人の博士たちはまだ、中央上部に見えるキリストの元にはたどりついてません。1月6日にむけて、少しずつ場所を移動させていきます。
ポルタルミニ講座でした。
さて、24日どう過ごしたかって。
まったくいつもと変わりない1日でした。お母さんの姉妹の家で集まってお祈りをしました。帰りついて、7時。停電してました。たまにあります。
部屋部屋にろうそくをともし、とっても静かな夜でした。特にプレゼントも特別な食事もなし。なにも変わらない一日。それが、かえって私にはとても新鮮でした。熱心なカトリック信者であるお母さん。生誕を祝う気持ちは心の中にある。飾りたてたり、派手に祝う必要はないわ。とても素敵です。
クリスチャンでもないのに、クリスマス=ケーキで生きてきた今まで。その習慣からか、ちょっと口寂しい夜。ママに「今日妹が作ったケーキは明日食べるの?」ってきいちゃった。「あら、食べたい?実は私も食べたかったのよ」って。友達と出かけた妹の作ったケーキをママと長女と食べました。
25日のお昼に家族でクリスマス仕立ての食事をゆっくり食べました。
2008年12月24日水曜日
Tamal
Tamal(タマル:コスタリカのクリスマス料理)
タマルは、一言でいえばコスタリカ風ちまき。とうもろこしが食文化に外せない中米の有名なたべものです。手間がかかるけれど、家庭の味をもつタマル。家族総出でのタマルづくりは、年中行事のひとつでもあるようです。
月曜朝7時。「さあみんなー、始めるわよ」とお母さん。いつもは「朝ごはんは元気の素。しっかり食べなさい」といわれるけど、今日はそっちのけ。それもそう、前日からタマルの中に入れる野菜の下準備にかかっていて、お母さんはすっかり年に1度のタマルモードだったのです。
「ガス代がかかるからね」と、外で炭をおこしての作業。
長男ダリオが担当。
とりのだし汁に、香草やスパイス。そこにトウモロコシの粉を入れて練り上げます。とっても力のいる作業。
元気にほえてました。
タマルはバナナの皮に包んで蒸す料理。
大小に切ったバナナの葉を重ねて、ダリオが汗流して練り上げたタマルの素をひとすくい。
野菜を入れて味つけした米、肉(豚、とり)、赤ピーマン、エンドウ豆をその上にのせます。
具が出ないようにバナナの葉で包み込み、麻ひもでくくります。お父さんは「私は、ゆっくりなんだよなあ」といいながら、麻ひもでくくっていました。
2種類の包み方がありましたが、私は初心者用しかマスターできず。来年またトライしよう。

30分ゆでます。
時はもうすでに1時。カフェシートを大事にしているコスタリカ人にとって、休憩なしの6時間の作業は珍しい。
なぜって、今回150個のタマルづくりだったのですから。
日本でいうお歳暮みたいな感じでしょうか、知人宅にうちのタマルを召し上がれという風に交換する風習があるようです。
お母さんのお姉さんは、なんと1000個つくったそうです。300個を3日間。(あれ、あと100は・・)それもそのはず、孫さんの数が並々ならないらしい。
タマル完成!
ちまきみたいでしょ。
でも・・・ごめんなさい。ぜんぜんイケてません。写真が。
午後2時半。腹ぺこの私にイケてる写真はとれなかった。
ぷるんとやわらかいタマルの素はやさしい味。ごろっとした具は彩りを添えて、お米の味付けがしっかりきいてました。
この夜は家族みんな疲れ果て、静かな夜。
朝ごはんはタマル。いっとき続きそうだな。
¡Feliz Navidad!(フェリスナビダ:メリークリスマス)
タマルは、一言でいえばコスタリカ風ちまき。とうもろこしが食文化に外せない中米の有名なたべものです。手間がかかるけれど、家庭の味をもつタマル。家族総出でのタマルづくりは、年中行事のひとつでもあるようです。
月曜朝7時。「さあみんなー、始めるわよ」とお母さん。いつもは「朝ごはんは元気の素。しっかり食べなさい」といわれるけど、今日はそっちのけ。それもそう、前日からタマルの中に入れる野菜の下準備にかかっていて、お母さんはすっかり年に1度のタマルモードだったのです。
長男ダリオが担当。
とりのだし汁に、香草やスパイス。そこにトウモロコシの粉を入れて練り上げます。とっても力のいる作業。
元気にほえてました。
大小に切ったバナナの葉を重ねて、ダリオが汗流して練り上げたタマルの素をひとすくい。
野菜を入れて味つけした米、肉(豚、とり)、赤ピーマン、エンドウ豆をその上にのせます。
具が出ないようにバナナの葉で包み込み、麻ひもでくくります。お父さんは「私は、ゆっくりなんだよなあ」といいながら、麻ひもでくくっていました。
2種類の包み方がありましたが、私は初心者用しかマスターできず。来年またトライしよう。
30分ゆでます。
時はもうすでに1時。カフェシートを大事にしているコスタリカ人にとって、休憩なしの6時間の作業は珍しい。
なぜって、今回150個のタマルづくりだったのですから。
日本でいうお歳暮みたいな感じでしょうか、知人宅にうちのタマルを召し上がれという風に交換する風習があるようです。
お母さんのお姉さんは、なんと1000個つくったそうです。300個を3日間。(あれ、あと100は・・)それもそのはず、孫さんの数が並々ならないらしい。
タマル完成!
でも・・・ごめんなさい。ぜんぜんイケてません。写真が。
午後2時半。腹ぺこの私にイケてる写真はとれなかった。
ぷるんとやわらかいタマルの素はやさしい味。ごろっとした具は彩りを添えて、お米の味付けがしっかりきいてました。
この夜は家族みんな疲れ果て、静かな夜。
朝ごはんはタマル。いっとき続きそうだな。
¡Feliz Navidad!(フェリスナビダ:メリークリスマス)
2008年12月23日火曜日
Graduacion
1か月ぶりの更新です。コスタリカは、12月に乾季にはいりました。雨季は毎日きまって午後から雨が降っていましたが、雨がなくなるようです。たしかに全く降らなくなりました。わかりやすいです。こちらは湿度が低いので、海岸でない限り日本のような蒸し暑さを感じません。今日もいい風が吹いてました。
小中高校の一部はすでに12月から休みに入ってます。こちらは12月が年度末で、2か月の休みがあり、2月から新学期です。私は教育省と保健省の中間に位置する機関に所属しているので、夏休みは20日から4日までです。
仕事納めの19日。私のすむぺレスセレドンにある養護学校の卒業式にいきました。
というわけで、今日はGraduacion(グラドゥアシオン:卒業式)の報告です。
会場は学校の体育館。13時からありました。入場は、呼名ののち拍手に包まれ両親と共に入場です。
コスタリカの養護学校は0歳児から20歳まで通うことができます。
卒業式では日本でいう幼稚部さんと小学部、高等部の卒業生を祝いました。
青いたすきをしているのが卒業生。
Guraduacion 2008 とかかれていました。
証書授与式も両親と。
ひとりずつ、担任の先生、校長先生(写真一番左の女性)などと抱き合い、ベソ(頬と頬をあわせて口でチュっと音をたてるあいさつ)をします。。それから写真をとります。一人一人が同じように祝福を受けます。
障害児者両親の会で知り合ったアンヘル。
お母さんと一緒に証書を受け取りました。
いつもと違う様子に、興奮ぎみだったアンヘル。
3人の兄弟はずっと見守っていたよ。がんばれって。
そして、おめでとうって。
卒業後は、引き続き養護学校に通うそうです。
実は証書授与の前に余興のような出し物があるのがコスタリカ流。授与の前に先生がかわいく変装してオルゴール人形が踊るような出し物がありました。
そして、私も参加。歌いました。
養護学校で働くノルウェー人のボランティア(AFSという団体)スティネと視覚障害をもつコスタリカ人ベロニカと。
Noche de Paz :きよしこのよる。
ノルウェー語と日本語とスペイン語。
貴重な機会にめぐまれたことに感謝。
伴奏の音楽の先生は視覚障害者で、いつも犬と一緒です。この先生なんと名前が(Oto:オト)さん。びっくりでしょ。その名の通り、Srオトの奏でるピアノは、自由です。オトさんいわく、神様がひかせているそうです。本当に神がかったところがあります。
12月上旬まで2か月障害者リーダー育成の研修のため日本にいっていたオトさん。おわったあと、「どうもありがとうございまーす」といわれました。お店で覚えたらしく甲高い声で。おちゃめなオトさん。

コスタリカの卒業式。いままで出会った学校の生徒さんのことを思い出し胸がいっぱいでした。
コスタリカの生徒さん、先生、両親の姿に、学校の存在意義を改めて感じると同時に、自分がコスタリカで生きているという現実を実感したところでした。
小中高校の一部はすでに12月から休みに入ってます。こちらは12月が年度末で、2か月の休みがあり、2月から新学期です。私は教育省と保健省の中間に位置する機関に所属しているので、夏休みは20日から4日までです。
仕事納めの19日。私のすむぺレスセレドンにある養護学校の卒業式にいきました。
というわけで、今日はGraduacion(グラドゥアシオン:卒業式)の報告です。
会場は学校の体育館。13時からありました。入場は、呼名ののち拍手に包まれ両親と共に入場です。
コスタリカの養護学校は0歳児から20歳まで通うことができます。
卒業式では日本でいう幼稚部さんと小学部、高等部の卒業生を祝いました。
青いたすきをしているのが卒業生。
Guraduacion 2008 とかかれていました。
証書授与式も両親と。
ひとりずつ、担任の先生、校長先生(写真一番左の女性)などと抱き合い、ベソ(頬と頬をあわせて口でチュっと音をたてるあいさつ)をします。。それから写真をとります。一人一人が同じように祝福を受けます。
お母さんと一緒に証書を受け取りました。
いつもと違う様子に、興奮ぎみだったアンヘル。
3人の兄弟はずっと見守っていたよ。がんばれって。
そして、おめでとうって。
卒業後は、引き続き養護学校に通うそうです。
実は証書授与の前に余興のような出し物があるのがコスタリカ流。授与の前に先生がかわいく変装してオルゴール人形が踊るような出し物がありました。
そして、私も参加。歌いました。
養護学校で働くノルウェー人のボランティア(AFSという団体)スティネと視覚障害をもつコスタリカ人ベロニカと。
ノルウェー語と日本語とスペイン語。
貴重な機会にめぐまれたことに感謝。
伴奏の音楽の先生は視覚障害者で、いつも犬と一緒です。この先生なんと名前が(Oto:オト)さん。びっくりでしょ。その名の通り、Srオトの奏でるピアノは、自由です。オトさんいわく、神様がひかせているそうです。本当に神がかったところがあります。
12月上旬まで2か月障害者リーダー育成の研修のため日本にいっていたオトさん。おわったあと、「どうもありがとうございまーす」といわれました。お店で覚えたらしく甲高い声で。おちゃめなオトさん。
コスタリカの卒業式。いままで出会った学校の生徒さんのことを思い出し胸がいっぱいでした。
コスタリカの生徒さん、先生、両親の姿に、学校の存在意義を改めて感じると同時に、自分がコスタリカで生きているという現実を実感したところでした。
2008年11月14日金曜日
basura
basura(バスラ:ごみ)
首都のサンホセにあがるバスにのるため朝5時前に家を出た。大きな満月を眺めながら歩いた。
5:30発のバスだが、バス停には人がまばら。バスもこない。コスタリカ人の朝は早い。どうしたのかと窓口で聞くと、今日は橋が通れないためバスはないという。首都までの一本道、雨のたびによく土砂崩れする。
明日は運行するとのことで、チケットを明日に変更し朝の街中を歩く。
ごみが朝日を浴びて光っていた。
先日路上生活者のことについて先輩隊員と話した。
コスタリカの路上生活者でがりがりにやせ細っている人はいない。食べ物は不自由しないから。
果物はいくらでもなっているし、ごみはあふれている。
あの裸足で歩いて、路上で寝ている人たちにそうそう悲壮感を感じない。
寝る場所を確保して、なんとか食べ物がある。そういう生き方を選んで暮しているのだろうか。
朝日に照らされたごみをみながら、思い出していると
横を路上生活者が通り過ぎた。シャッターの下りた店の軒先に容器に残ったパンのかけら。
さっと拾い上げ去って行った。
なんとも不思議な感覚になった。
「ゴミはゴミ箱に捨てましょう。」耳覚えのあるフレーズ。
ゴミ箱に捨てられずに放置された食べ物は、この人の飢えをしのぐ恵みに見えたから。
コスタリカでは、お手伝いさんが入るのは珍しくない。ホームステイ先もそう。
小さい頃から、家の掃除はお手伝いさん、学校の掃除も掃除の職員。町の清掃もそう。
自分で片付ける、掃除するという感覚は日本ほど教育されていないのではないだろうか。
日本の学校教育の中に掃除の時間があるのは、素晴らしいなと思う。
コスタリカ隊員に環境教育の隊員がいるので、機会をみつけて話をしてみたい。
来週1週間は首都サンホセにて国際リハビリセミナーがある。
コスタリカ中米でもリハ先進国なので、毎年1回この時期に行われているという。
地域リハについての講演や報告。中米で活動しているリハ関係の協力隊員が集う(メキシコ、ドミニカ、ニカラグア、パナマ)
駒ケ根の訓練時、語学クラスが一緒だったニカラグアの作業療法士ゆなちゃんに会える!!
語学中にまいった心と体。どれだけゆなちゃんのマジックハンドに癒されたことか。
赴任5ヶ月目。次の一歩をみつけるいい機会になりそう。
では、いってきます。
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